御台本

御台本 - Written by oda

恋と月見とお団子と
【登場人物】 【●性別】 【登場人物の概要】
彩香 女性 中西彩香(なかにしあやか)27歳。祖母が亡くなって以降、誰も住まなくなった田舎の空き家に、訳があって滞在することになった。長年の片思いをひそかに持ち続けている。友人には、彩香の好みのタイプが“ダメンズ”だと称されることが多い。2歳下の妹の名前は、紗佳(さやか)。
健太 男性 内山健太(うちやまけんた)30歳。中西彩香の祖母の家の近所に住んでいる。数年前に夢破れて実家へ帰ってきた。彩香とは、幼い頃、夏休みの期間だけ遊ぶことができる、近所のともだちだった。彩香から、「健兄ぃ」(ケンにぃ)と呼ばれる。

あらすじ

お月見の日に田舎の家に行くことになった、彩香。その夜、お団子を持って現れたのは、幼馴染の健太だった。
※ちなみに、2021年のお月見(中秋の名月)は、9月21日(火曜日)です。

恋と月見とお団子と


健太:こんばんは、
彩香:はーい。
健太:やっぱりな。
彩香:え?うそ、ケンにい?
健太:珍しく表に車がとめてあったから、
健太:もしかして、親戚の誰か来てるのかな?って思ってさ。
彩香:このあたり見回りしてくれてるの?
健太:いやいや、俺のばあちゃんに呼ばれて、
健太:仕事の後でいいから顔出せって言われてさ。
健太:仕事終わりで行って、
健太:ばあちゃん家でテレビ見てたらこんな時間になっちゃって。
健太:だから、お月見しながら散歩。
彩香:お月見?
健太:今日、中秋の名月だろ?
彩香:あぁ、そっか。
健太:これ、彩香、半分もらってよ。
彩香:え、悪いよ。
健太:いいのいいの。
健太:俺だってこんなにお団子いっぱいもらっても、
健太:独りで食べきれる量じゃないし。
彩香:え?ひとり?
健太:なんか、お盆とか、お皿とかある?
彩香:あ、うん、持ってくる。
彩香:あー、でも、
健太:ん?
彩香:でも、2週間隔離だから。
健太:なんかそんなルールあんの?
彩香:うちの、家庭内ルール。
彩香:あー、マスクしなきゃ。
健太:そんな気にしなくても。
彩香:ダメだよ、ただでさえ、
彩香:母親にも妹にも、
彩香:「都会から来た者は、
彩香: 村人と会話してはならぬ」
彩香:とか言われてるんだから。
健太:俺、村人。
彩香:なんで入ってきたかなぁ。
健太:だって、2年くらい人がいないはずの家に、
健太:誰か勝手に居たら、
健太:困るじゃん?
健太:お盆でもないのにさ。
彩香:失礼しました。
彩香:ケンにぃがこの村にいるなら、
彩香:先に連絡しとけばよかった。
健太:彩香、そこの縁側の雨戸開けてよ。
彩香:開け方わかんない。
健太:えー、もー、しかたねぇなぁ。
彩香:ちょ、ちょっとぉ、
健太:おじゃましまーす。
彩香:お掃除もまだしてないんだから、
健太:彩香?
彩香:なに?
健太:(木製の雨戸をあけようとしている)
健太:今日、帰るの? よっこいせっと
彩香:帰るって?
健太:実家、市内だろ? なんか詰まってんな。
彩香:えっと、さっき、
彩香:こっちに来たばっかりで。
健太:あ、これか、よっこいせっと、
健太:こっちに来たって?あ、開いた。
彩香:東京から。
健太:え?車で?
彩香:うん。
健太:マジかよ。こっちもあけるか。
彩香:2週間後に、結婚式があるから
彩香:帰ってきたんだけど、
健太:うん。
彩香:コロナの心配とかあるから、
彩香:車でこっちまで走ってきて、
健太:あー、実家に直接行かずに、
健太:空き家になってるここの、
健太:ばあちゃん家使って、隔離?ってこと?
彩香:うん。
健太:よっこいせっと。
健太:賢いような、よくわかんないなぁ。
健太:あ、これか。よっこいせっと、
健太:開いた開いた。
健太:彩香、仕事とかは?
彩香:派遣社員で仕事してたけど、
彩香:一旦無職。
彩香:派遣先の事務所がなくなっちゃってさ。
彩香:あ、でも、相談すればいつでも別のところだけど、
彩香:働くこと自体は紹介してもらえるっぽいし、
彩香:一応、大丈夫だって言われたから。
彩香:ちょっと遅めの夏休み。
健太:大変だな。
彩香:まぁ、いろいろあるよね。
健太:食べよう、団子。
彩香:えー、でも、会食禁止だよ。
健太:あー、厚生省の大臣が言ってるから?
健太:経産省だっけ?
彩香:いや、お母さんと、妹が言うから。
健太:え? コロナ持ってんの?
彩香:一応、陰性だったけど。
健太:じゃあいいじゃん。
彩香:えー、でも、ケンにぃになんかあったら、私……。
健太:じゃあ、2メートル開ければいんだろ。
彩香:そうかもしれないけど……。
健太:お皿持ってきて。
彩香:え……、でも……
健太:わかったわかった、ここでは食べないから。
健太:彩香の取り分。
彩香:いいの?
健太:だから、多いんだって、これ。
彩香:持ってくる。
健太:慎重なんだか、なんなんだか。
健太:変わってねぇな。
彩香:ケンにぃ、持ってきた。
健太:じゃあ、半分、
健太:好きなの取って。
彩香:いいの?
健太:えっと、こっちのこれとこれがあんこ、
健太:これとこれがヨモギのあんこ有りと無し。
健太:みたらしは、みたらし、あんこは入って無いって。
健太:彩香のぶん好きなの取って。
彩香:ありがと。
彩香:あ、これしかなくてごめんね。お茶。
健太:ペットボトル、自分のじゃねぇの?
彩香:いっぱい持ってきたから。
彩香:車に2ケースある。
健太:コンビニ無いと思った?
彩香:うん。
健太:自販機は無いけど、
健太:コンビニはあるよ。
彩香:だから、どうぞ。
健太:ありがと。
健太:彩香も座んなよ。
彩香:うん。
健太:元気にしてたんだな。
彩香:うん、おかげさまで。
健太:あ、そうだ、結婚式だっけ?
彩香:うん。
健太:結婚式、いつ?
彩香:2週間後の、10月4日の月曜日。
健太:相手はどんな人なの?
彩香:なんとなく、好青年。
健太:へぇ。
彩香:うん。
健太:何やってる人?
彩香:商社のサラリーマン。
健太:何歳?
彩香:2個上。
健太:そか。
彩香:うん。
健太:いつから付き合ってたの?
彩香:学生の頃付き合ってて、
彩香:一旦分かれたんだけど、
彩香:同窓会で再会して、
彩香:付き合い始めたっぽい感じ。
健太:へぇ、惜しいことしたなぁ。
彩香:惜しいことしたって?
健太:もう少し再会するのが早かったら、
健太:俺も、立候補すればよかったなぁ。
彩香:町長選挙とか?
健太:ちげぇよ。
彩香:ん?
健太:今だから言うけどさ、
健太:俺さ、彩香のこと、いいなぁって思ってて。
彩香:え?急に……
健太:ごめんごめん。
彩香:そんなこと言われても困るよ。
健太:だよな。
彩香:……。
健太:……。
彩香:ケンにぃは?結婚とか?
健太:してないよ。
健太:出会いも無いし。
健太:この村にいたらさー、
健太:美女は美女でも、美女だった人とか、
健太:何年も前に、若い女性だった人とか、
健太:笑顔はかわいいけど、
健太:ひ孫がいる人とかしかいないから。
彩香:彼女は?
健太:いないよ。
健太:結婚かぁ。いいなぁ。
彩香:うん。
健太:おめでとうな、彩香。
彩香:え?
健太:え?
彩香:あのさ、
健太:なに?
彩香:勘違いさせちゃってたら、よくないから言うけど、
健太:なに?
彩香:結婚式、
健太:うん。
彩香:妹の、なんだよね。
健太:ん?
彩香:妹の。
健太:ん?
彩香:妹の、サヤカが結婚するの。
健太:……。
彩香:……。
健太:ごめん、てっきり。
彩香:ごめん、私もなんか、
彩香:言ったつもりになってた。
健太:……。
彩香:……。
健太:うわぁ……。
彩香:……。
健太:いやぁ、やべぇな。
彩香:昔の話、だもんね?
彩香:懐かしいね~。
彩香:あはははははは
健太:あはははははは
彩香:……。
健太:……。
彩香:……ケンにぃ?
健太:いや、なんか、ごめん。
彩香:謝らないでよ。
健太:いや、なんか、ごめん。
健太:うわーーー、いやな汗かいたーーー。
健太:なんだこれ。あはははは
彩香:もーー、ケンにぃバカだなぁ、
彩香:冗談ばっかりーーー。
健太:……。
彩香:……。
健太:……。
彩香:……。
健太:……。
彩香:こういうへんな空気にするとさ、
彩香:本気っぽいから、さ、
健太:いやぁ、でも、ガチだしなぁ~。
彩香:昔はでしょ?
健太:いやぁ、今も、かなぁ~~~。
健太:あはははははは
彩香:あはははははは
健太:(ため息)
彩香:……。
健太:めっちゃ気まずいな、このミス。
彩香:ミスって、どういう意味?
健太:いや、そのままだけど。
彩香:それって、その、あの……
健太:ちなみにさー、
彩香:なに?
健太:彩香は、彼氏いるんだろ?
彩香:まぁね~。
健太:だよな~。
彩香:それが、ぜんぜん、いないんですよー。
健太:がんばれよー。
健太:あははははは
彩香:だってー、
健太:なに?
彩香:好きな人が、近くにいなかったんだもん。
健太:遠距離恋愛かぁ。
健太:つらいなぁ。
彩香:だって、ケンにぃどこにいるかわかんなかったし。
健太:まぁ、この5年あっちいったりこっちいったりだったしなぁ、
彩香:ねぇ、ケンにぃ?
健太:はい。
彩香:アタシもさ、ケンにぃのこと、
彩香:好きって言ったらどうする?
健太:それは、
健太:まぁ、今なら、
健太:ナイスフォローとしか、
健太:言えない……けど。
彩香:ねぇ、真面目に。
健太:冗談でしょ?
彩香:ううん。ちがう。
健太:俺のさっきのに、
健太:あわせてくれてる……とか?
彩香:ちがう。
健太:俺が全然予定なさそうだから、
健太:結婚してやってもいいって思った的な?
彩香:ずっと前から。
健太:いつ頃から?
彩香:小学校2年生のときから。
健太:ずっと?
彩香:ずっと。
健太:俺、もう30になったしさ。
彩香:アタシは、27。
健太:うん。知ってる。
彩香:でも、ケンにぃが31になったら、
彩香:アタシ、28になるだけだし。
健太:まぁ、そうだけど。
彩香:アタシじゃだめ?
健太:ダメ…ではないけど
彩香:さっき、立候補するって言ったじゃん
健太:はい、言いました。
健太:言ったけど……。
彩香:けど?
健太:……。
彩香:ケンにぃのいくじなし。
健太:そりゃあ、だって。
彩香:だってなに?
健太:好きな人にはさ、
健太:幸せになってもらいたいじゃん。
健太:今の俺には、できそうにないから。
健太:夢破れて、こんな田舎に引っ込んで……だろ?
彩香:だろ?ってなによ。
彩香:もう、知らない!
彩香:お団子食べる!
彩香:(もぐもぐ)
彩香:…………。
健太:そりゃさ、好きだよ。
健太:車見たときにさ、
健太:練馬ナンバーだったし、
健太:もしかして、彩香だったりしないかな?とか、
健太:思いながらあそこの門から入ってきたけど、
健太:ほんとに、彩香だったんだ。
健太:幼い時のまんまだけど、
健太:そのまま大人になってて。
彩香:…………。
健太:おいしい?
彩香:おいしい。
健太:けど、彩香が思ってるような、
健太:ちゃんとした大人にはなれそうにないよ。
彩香:なんで?
健太:ケンにぃはさ、もっと、
健太:かっこよくて、
健太:ビジネスマンで
健太:なんでもできて
健太:バリバリ稼いでて、
健太:……。
健太:ってはずだったんだけどなぁ、
健太:残念だけど、
健太:俺はさ、そーゆーんじゃねぇんだよ。
健太:だから……さ、
彩香:ちがうもん。
彩香:彩香のしってるケンにぃは、
彩香:どんくさくて、
彩香:かけっこも遅くて
彩香:いっつもアタシにもサヤカにも負けるし、
彩香:農協のアイスキャンディー、
彩香:2種類しかないのに、ずーーーっと悩んで、
彩香:アタシたちが食べ終わってから
彩香:やっと食べ始めるから、
彩香:いっつも、さやかにひとくち取られて
彩香:さやかにひとくちあげたから、
彩香:アタシにもひとくちあげるはめになって
彩香:そんなに大きくないアイスキャンディなのに、
彩香:半分くらいしか食べられなくて、
彩香:でも、なんか、満足そうに笑ってて、
彩香:一緒にお昼寝してたら、
彩香:タオルケットちゃんと掛けてくれて、
彩香:花火やるときバケツ忘れるし、
彩香:スイカ食べたらほっぺに種ついたままだし、
彩香:きゅうりもトマトもケンにぃが選んだのは、
彩香:いつもきまっておいしくないし。
彩香:だけど、
彩香:ケンにぃがいるから夏休みはいつも楽しくって。
彩香:おばあちゃん家が大好きになって、
彩香:思い出いっぱいあって。
彩香:だけど、
彩香:だけど、
彩香:ケンにぃが大学生になって、
彩香:ケンにぃと連絡つかなくなって、
彩香:教えてもらったケータイ番号変わってるし、
健太:ごめん、ケータイ無くして……。
彩香:アタシ、避けられてるのかなって……。
健太:電話帳全部消えて……。
彩香:その時に気づいたの、
彩香:ケンにぃのこと、好きだったんだって。
健太:彩香……。
彩香:ケンにぃがかっこよかったことなんて、
彩香:一度もないし、
彩香:不器用で、優柔不断で、
彩香:Tシャツもダサいし、
健太:……なんかごめん。
彩香:でも、好きなんだもん。
彩香:やっぱり、好きなんだもん。
彩香:今日、久しぶりに会えても、
彩香:変わらないんだもん。
健太:俺、彩香のこと好きになっていい?
彩香:良いに決まってんじゃん。
健太:なぁ、彩香、
彩香:ソーシャルディスタンス。
健太:ご、ごめん。
健太:なぁ、彩香、
健太:俺、彩香に告白してもいい?
健太:ちゃんと言うから。
彩香:いつ?
健太:今。
彩香:やだ。
健太:今日、再会できたし、
健太:今日を記念日にしたいんだ。
彩香:やだ。
健太:なんで?
彩香:だって、今日、仏滅だもん。
健太:ぶ、仏滅?
彩香:そうだよ。
彩香:お月見かもしれないけど、
彩香:中秋の名月かもしれないけど、
健太:ダメなの?
彩香:だって、今日、
彩香:仏滅なの。
彩香:仏が滅すると書いて、仏滅。
健太:仏滅かぁ。
彩香:妹に教えてもらったの。
彩香:仏滅なんかに婚姻届け出したら、
彩香:呪われるって。
健太:そ、そんなにやばいのか……。
彩香:信じてる人は信じてるっていう話。
健太:縁起悪いな……。
健太:仏滅かぁ……今日……。
彩香:なんにも変わってない。
彩香:ケンにぃはケンにぃだよ。
健太:でも、今年はダメでも、来年なら、
彩香:ううん、ダメよ、ケンにぃ、
彩香:毎年、中秋の名月の日は変わるの。
健太:同じ日じゃないの?
彩香:満月の日じゃないとだめでしょ?
健太:あ、そっか、ズレるのか。
彩香:2022年は9月10日。
健太:9月10日かぁ。
健太:毎年変わるのかぁ。
彩香:だから、
彩香:記念日に向かないのよ。
健太:そうだなぁ。
健太:でも来年は、
彩香:来年の、2022年の9月10日も仏滅なの!
健太:う、うそだろ……。
健太:来年も仏滅……。
彩香:ホント、ケンにぃってぜんぜんダメなんだから。
健太:(ためいき)
健太:ダメかぁ。
健太:あきらめるよ。
健太:お月見は、お団子を食べるだけの日にするよ。
彩香:そうやってすぐあきらめる。
健太:だって……
健太:仏滅って言われても、
健太:なんか、縁起悪いって言われても
健太:変えられないじゃんか……。
健太:そんなの。
彩香:仏滅の次の日って何の日か知ってる?
健太:敬老の日?
彩香:それは、昨日。
健太:秋分の日?
彩香:それは、あさって、23日。
健太:わかんない。
健太:そういうの気にして生きてきたことがなかった。
彩香:仏滅の次の日はね、
彩香:大安なの。
健太:たいあん?
彩香:そう。一日中良い日って言われてる。
健太:一日中?
彩香:そう。午前中も、午後も。
健太:そうか。明日だったらよかったのか。
健太:残念だなぁ。
彩香:なんで明日が終わったみたいな顔してるの?
健太:まったくそういうことに、うといから、
健太:自分にがっかりしてるんだよ。
健太:彩香は賢いなぁ。
彩香:私だって最近知ったよ?
彩香:妹がそういうの気にしてたから。
健太:俺、明日また出直すよ。
健太:今日は、帰るよ。
彩香:もう、夜の十一時過ぎてるのに?
健太:夜の十一時?
健太:夜の十一時だとなにかあるの?
彩香:もー、ケンにぃ、しかたないなぁ。
健太:どうしたらいいの?
彩香:日付が変わるまで、あと1時間もないってこと。
健太:1時間?
彩香:ねぇ、ケンにぃ?
健太:なに?
彩香:日付変わるまで、一緒にいてよ。
健太:彩香……。
彩香:だって、独りきりだから、
彩香:淋しいの……。
健太:そっか。
健太:日付がかわれば、
健太:記念日にしても大丈夫な日になるのか。
彩香:うん。
健太:そっか。
彩香:それに、アタシ、オトナになってから、
彩香:ケンにぃと、手をつないだこともないし、
健太:うん。
彩香:腕を組んで歩いたこともないし、
健太:うん。
彩香:それに……
健太:それに?
彩香:キスも、ぎゅぅってハグも、したことないし。
健太:俺、でもいいの?
彩香:良いって言ってる。
健太:彩香…。
健太:俺のこと、受け入れてくれるってこと?
彩香:うん、いいよ。
健太:俺でいいの?
彩香:ケンにぃがいいの。
健太:後悔しない?
彩香:後悔したくないの。
健太:……彩香。
彩香:……ケンにぃ。
健太:……彩香。
彩香:……ケンにぃ。
健太:……彩香。
彩香:……ケンにぃ。
健太:彩香、ぎゅぅってしてあげる。
彩香:うん、ケンにぃ。
健太:……彩香。
彩香:……ケンにぃ。
健太:……彩香。
彩香:ケンにぃ、ストップ!
彩香:ソーシャルディスタンス!
健太:あ、はい。
彩香:2メートル。
健太:あ、はい。
彩香:それ以上近づかない!
健太:は、はい。
彩香:まだ、今日、仏滅。
健太:あ、うん。
健太:でもさー、今、
健太:良い感じだったじゃん!
彩香:ダメだよ、ぜんぜん。
彩香:仏滅に、ソーシャルディスタンス、
彩香:東京から来て、
彩香:しかも初日に、地元民と濃厚接触者認定なんてなったら、
彩香:なにしてんの?ってなっちゃうじゃん?
彩香:田舎の情報スピードなめちゃダメよ?
彩香:光回線のSNSより速いからね?
健太:まぁ、確かに。
彩香:ちなみに、2週間隔離のために
彩香:私自主的に、この家に来てるからね?
彩香:おばあちゃん亡くなって、
彩香:住む人がいないから、
彩香:二週間分の食材とか持参して、
彩香:ここに寝泊まりしてるだけだからね?
健太:そ、そうか。
健太:ごめん。
彩香:妹の結婚式だって言ったじゃん?アタシ?
健太:ご、ごめん、そうだったよね。
彩香:だから、
彩香:告白してくれるのは、明日でもいいよ。
健太:う、うん、
健太:わかった。
彩香:でも、私に近づくのは、2週間後から。
彩香:わかった?
健太:は、はい。
健太:2週間後かぁ。
彩香:ねぇ、ケンにぃ?
健太:は、はい。
彩香:アタシは、小学校2年生のときから、
彩香:ずっと、ケンにぃのこと思ってたんだよ?
彩香:ずっと片思い。
健太:う、うん。
彩香:7歳から数えて、約二十年。
健太:お、おう。
彩香:ケンにぃは、2週間くらい、
彩香:ほんの、十五夜くらい、
彩香:我慢できるよね?
健太:ん~。
彩香:今の「ん~」ってなに?
健太:十五日あったら、
健太:満月も、新月になっちゃうよな。
彩香:ひどーい、そーゆーこというんだ!
彩香:やっぱりアタシのことなんか、
彩香:本気じゃなかったんだ!
彩香:今は満ちてるけど、ほんの数日で、
彩香:そんな想いなんかあっという間に、
彩香:空っぽになっちゃうって言いたいんでしょ!
健太:いや、ちがくて、
彩香:ひどい!ケンにぃ!
彩香:なにもそんなふうに、
彩香:平安貴族みたいな言い回ししなくたってよくない?!
健太:いや、そんなつもりなくて、
健太:じゅ、純粋に、つ、月の話だよ。
健太:今日が満月だから、
健太:次の新月で、ちょうど十五夜だねって。
彩香:ホントに?
健太:ホントだよ、
健太:満ちた思いが、
健太:新(シン)に変わって見えても、
健太:月は、変わらずにそこにあるってことだよ。
彩香:ふぅ~ん。
健太:だろ?
彩香:ぜんぜんうまいこと言えてないからね?
健太:弱ったなぁ。
彩香:ノリと勢いで言ってるだけじゃ、
彩香:アタシ、許さないんだから。
健太:わかったよ。
彩香:ちゃんと、決めて。
健太:うん。
健太:(咳払い)
健太:彩香、
健太:俺、彩香のこと、
彩香:待って、今日、まだ仏滅。
健太:あ、そうだった。ごめん。
彩香:ふふっ(思わず笑みがこぼれる)
彩香:おかしい。
健太:え?
彩香:だって、ぜんぜん変わってない。
健太:変わってない?
彩香:どんぐりゴマつくるからって、
彩香:神社の境内でどんぐり拾ったときも、
彩香:太くて丸いのって言ったのに、
彩香:細長いのばっかり拾ってくるし、
健太:そうだっけ。
彩香:小川を上流まで登っていくよ!って約束したときは、
彩香:スニーカーとかじゃなくて、
彩香:足ひれつけて、浮き輪とシュノーケル持ってくるし、
健太:覚えてない。
健太:怒られてばっかりだったのは確かだけど。
彩香:ケンにぃは、アタシがいないと全然ダメなんだから!
彩香:全然……、
彩香:ぜんっぜん……、
彩香:(涙があふれてくる、感情が高ぶって)
彩香:……ケンにぃは、ぜんっぜんダメなんだから。
健太:彩香……。
彩香:アタシ……、
彩香:アタシ……、
彩香:ケンにぃのこと、ずっと心配だった。
彩香:ずっとずっとずーーーっと、心配だったの!
彩香:今日、やっぱりわかった。
彩香:やっぱり、心配なの、
彩香:こんなふうに思うの、ケンにぃだけだよ、
彩香:ケンにぃだからだよ。
健太:彩香……。
彩香:……。
健太:……。
*時計が鳴り、12時を告げる。
彩香:(彩香が気づいて)
彩香:あっ。
健太:あっ。
彩香:12時になった。
健太:日付、変わったね。
彩香:ケンにぃ?
健太:……彩香、
健太:……彩香、俺、
彩香:うん。
健太:……彩香のこと、好きだから。
彩香:うん。
健太:だから、俺と、
健太:結婚を前提に、お付き合いしてください。
彩香:はい。
彩香:ケンにぃのこと、幸せにしてあげる。
健太:……彩香。
彩香:ケンにぃ、ストップ!
彩香:ソーシャルディスタンス!
彩香:2メートル以内禁止。
彩香:それ以上近づかない!
健太:彩香ぁ。
彩香:まだ、アタシ、今日から2週間隔離生活だから!
健太:厳しすぎるよぉ。
彩香:だーめっ。
彩香:我慢、できるよね?
彩香:ね? ふふふふ。
健太:こんな状況で、
健太:今日を記念日になんかしたくないよー!
健太:(不機嫌そうに空を見上げて)
健太:あーあ、
健太:今夜は月がきれいですね!

おわり


初稿:2021.08.27

御台本一覧へ戻る