御台本

御台本 - Written by oda

飛鳥の空に友と誓ひて
【登場人物】 【●性別】 【登場人物の概要】
小野妹子 性別不問 聖徳太子が幼い頃から支える立場にいる。のちに官位“大徳”をさずかる功労者。
聖徳太子 男性 肖像画を描かれる際に、アレを持つことにした。
侍女 女性 侍女。額田部の屋敷に(推古天皇)のもとにいたが、聖徳太子のもとへ勤めることになる。

あらすじ

都の空は今日も青く澄んでいる。空には夏らしい、いくつかの雲が浮かんでいた。
飛鳥(あすか)と呼ばれた地には都が築かれ、人々が行き交う。
そのにぎわいは都のはずれにあるこの屋敷にまでわずかだが響いてくる。
小野妹子は筆を手にとって、独り窓から見える青空を見上げていた。

飛鳥の空に友と誓ひて

  ***

侍女:(モノローグ)
侍女:都の空は今日も青く澄んでいる。空には夏らしい、いくつかの雲が浮かんでいた
侍女:飛鳥(あすか)と呼ばれた地には都が築かれ、人々が行き交う
侍女:そのにぎわいは都のはずれにあるこの屋敷にまでわずかだが響いてくる
侍女:小野妹子は筆を手にとって、独り窓から見える青空を見上げていたが、
侍女:閉ざされた襖(ふすま)の向こうから、
侍女:右へ左へふらふらとした足音が近づいてくるのが聞こえた
聖徳:なぁ、妹子ぉ~
  *襖が開く
聖徳:なぁ、妹子ぉ~
  *倒れこむように座る聖徳
聖徳:んあ~~
妹子:(ため息)
聖徳:やべぇ、しんどい…
妹子:どうしたんです?
聖徳:やべぇ
妹子:(ため息)まったく、
妹子:『上宮家(かみつみやけ)の若君』ともあろうお方が、こんなところで…もう昼下がりですよ?
  *聖徳が身体を起こす
聖徳:うー、飲みすぎた
妹子:えぇ?なんですって?
聖徳:呑・み・す・ぎ・ま・し・た
妹子:でも、昨晩は、だって…
聖徳:んん。そうだよ?額田部(ぬかたべ)のおばさんとこ行ってきたけどさ
妹子:ちょ、ちょっと、おばさんって、しかも、今はもう即位されて――
聖徳:あーわかってるって、推古さんでしょ?
聖徳:いいのいいの、俺と姉さんの仲だから
妹子:(ため息)それはそうと、どこで飲んだんですか?そんなにべろんべろんになるまで
聖徳:いや、朝まで、おばさんとこでさ、
妹子:大丈夫だったんですか?
聖徳:…ちょっとわりぃ、水、くんね?
妹子:は、はい、ちょっと待ってください、水を持ってきます
聖徳:(呼びかけて)『どこに住めばいいの?』って聴くんだ、急にさ
妹子:はい、お水です
聖徳:おう、わりぃ。
妹子:ひどい酔いかたですね
聖徳:いや、あっち出るとき、まだ楽になったほうなんだよ
妹子:おかわりは?
聖徳:うん
妹子:どうぞ
聖徳:ありがと
聖徳:いやぁ、籠がさ、あいつら、走りやがって、ゆっさゆっさゆっさゆっさ
聖徳:酔っとるっちゅうとるやろが!って言ってんのにさ、聴かねぇの
妹子:また、どこかにうつられるのですか?
聖徳:いや、だからね、言ってやったんだよ、
聖徳:斑鳩(いかるが)行きをいまさら取りやめて、別のところへうつっても、どうにもなんねぇよ?って
妹子:それで、推古様はひきさがられたんですか?ひきさがらないでしょう?
聖徳:いや、だから、こうなってんだよ
妹子:え?いや、えっと……酔ってる事と関係あるんですか?
聖徳:おまえは、生真面目だよな
聖徳:だー、しんどい
妹子:もう、これだから、酔っ払いは。じゃ、お水はそばへ置いておきますので
聖徳:どこ行くの?
妹子:すぐそこにいます
聖徳:ああ、机か
妹子:苦しくなったら言ってください
聖徳:…また里に便りでも書いてたのか?
妹子:これですか?
聖徳:硯(すずり)に、新しい墨をつくったろ?
妹子:ええ、先ほど
聖徳:ああ。墨の香りがする
妹子:そうでしょう
聖徳:うん。いい香りだ
妹子:この、墨を磨ぐときの香りが好きなので
聖徳:ふぅ~ん
妹子:私は、心が落ち着きます
聖徳:…
妹子:あ、それで、推古様はなんて?
聖徳:あー、そうそう。だからね、飲んだの、朝まで。
聖徳:四天王寺(してんのうじ)から、若い坊さん呼んで、朝までお経聴きながら
妹子:え?お経?
聖徳:まじで、酔えないから
妹子:それで…?
  *身体を起こす聖徳
聖徳:よいしょっと、ふー
妹子:え?でも酔っているんでしょ?
聖徳:いやいや、おばさんはヤケ酒ですよ、もうね、飲みまくり
妹子:そんなバチ当たりなことやって大丈夫なんですか?
聖徳:いや、若い坊さんは緊張しまくりの、カミまくりだったけどさ
聖徳:『すみませんでした、こんなに長い間読み続けたことはありませんでしたので』
聖徳:『でもいい経験になりました』って。ハハハ
妹子:そうじゃなくて
聖徳:いいか、いもさん?
妹子:は、はい
聖徳:『病は気から』って鳥形山(とりがたやま)の慧慈(エジ)のおっさんも言ってたっしょ?
妹子:は、はい。それで、推古様は?
聖徳:効果テキメン
妹子:え?
聖徳:ちょっと荒療治だった感じはあるけどさ。
聖徳:日が昇ってひと眠りして。まぁ、すぐ起きたんだけどさ。さっぱりした顔してさ
妹子:はい、
聖徳:『だめね、アタシ。もっと、この国のためにできることを考えなくちゃ』
聖徳:『女だから、なんて逃げてられないわ』って
妹子:ホントですか?!
聖徳:ホントだよ、
妹子:そんなに…
聖徳:でも、ありえねぇ
妹子:なにかあったんですか?
聖徳:だって、あのおばさんすげぇ飲むぜ?夜飲んだのに、朝から再開だってよ!アハハハハ
聖徳:もうさ、つきあいきれねぇよ、なー
  *妹子が立ち上がり、聖徳のそばへ
聖徳:あー、しんどー
妹子:もう一杯飲みますか?
聖徳:酒はもういらねぇよ
妹子:お水です
聖徳:あ、はい、すいません。ありがと
  
  (第2話へつづく)



聖徳:なぁ、妹子?
妹子:なんですか?
聖徳:木簡があるだろ?
妹子:普段使ってるモッカン?
  *机の上にある木簡を手に取る
妹子:これですか?
聖徳:そ、その木の板切れ
聖徳:同じ大きさに切った木簡。20個くらい重ねてあるんだ。みんな同じことが書いてある
妹子:同じこと?
聖徳:あぁ。書いてあることはなんでもいいんだけど、例えば、それがいくつもあるんだ
聖徳:書き物用の、その木簡
妹子:これが20個……
聖徳:どうも見分けがつかん。だが、必要な一本を急いで手に取りたい
妹子:ああ。簡単です。色のついた紐でも使って縛っておけばいい
聖徳:あぁ、そうか
妹子:色を変えれば、同じものはなくなるのではないですか?
聖徳:あぁ、そうか、色か。色だよな、色だよ。ありがと、妹子
妹子:いえ
聖徳:そうだ、色か。あー、なんで気付かなかったんだろ
  *妹子は書机の前に座って、急須に入れた水を少し硯に注いで墨を磨ぎ始める。
  *静かに雲が流れていく。
  *部屋の中に新しい墨の香りが広がっていく。
聖徳:なぁ、妹子?お前は、どんな色が好きだ?
妹子:私ですか?
  *ふと手を止め、妹子は話しながら手元を動かす。
妹子:私は……、紫でしょうか。空の青よりもずっと濃い、夕暮れのあとの空のような色です
聖徳:夜の方が好きなのか?
妹子:心が穏やかになれます
聖徳:月の光の色じゃないのか?
妹子:まぶしすぎます。けれど、陽の光があたれば、紫は高貴に輝く。そうは思いませんか?
聖徳:ん~、どうだろ? よいしょっと、ふー
  *若君は起き上がると庭のほうをぼんやりと眺めている
妹子:また、何か考えているのですか?
聖徳:あー、いや、能力のあるものを、適切に……、適材適所というのかな?
聖徳:血筋でできることと、そういう、逆にそういう昔からの慣わしが足かせになることがある。
聖徳:それを区別できないかと思ってな
妹子:なにやら難しそうなことを考えていらっしゃいますね。
聖徳:そうか? 得意なことは得意なやつにやらせたほうがいいに決まってる
妹子:それはそうです
聖徳:妹子は、大唐国の言葉をよく知ってる
妹子:ええ、ただ好きで学んでおるだけでございます
聖徳:そういうのが、いずれ役にたつ
妹子:私の…これは、そうは思いませんけどね
妹子:あ、若君?
聖徳:ん?
妹子:木簡に、色のついた紐
聖徳:ん?
  *妹子が紐を結ぶ
妹子:よいしょっと、うん、若君、例えばこんなふうに。ちょうど紫の紐が手元にありましたので
聖徳:あぁ、なるほど
妹子:これに、文字を書けばいいのではありませんか?
聖徳:これに、文字を?
妹子:ええ。書いた木簡に色を付けなくても
妹子:先に色の紐をつけた木簡に、文字を書くこともできるのではありませんか?
聖徳:あぁ、そういうやり方もあるな、先に色のついた紐を。なるほどな
妹子:(独り言っぽく)こういう文字でいいかな?よし。うん
聖徳:なぁ、妹子
妹子:なんでしょう?
聖徳:ちょっとさ、お前、一度でいいからあっちいってこいや?
妹子:あっち?
聖徳:隋(ずい)だっけ?
妹子:え?
聖徳:隋の国の文化を教えてくれないか?
妹子:わ、わたしがですか?
聖徳:いや、今すぐっていうんじゃないんだ
聖徳:ん~、なんていうか、他のヤツの言うことは、信じられないときがある
聖徳:けど、妹子のいうことなら、納得ができそうな気がする
聖徳:この国は、今、俺たちがなんとかしないといけない
聖徳:だから、妹子、俺を助けてくれないか?
妹子:わかりました。では、この学びの質を少しずつ高めておきましょう
妹子:私ができることなら、なんでもいたしますから
聖徳:そう、その言葉が聴きたかった
聖徳:なぁ妹子ぉ?
妹子:なんですか?
聖徳:じゃあさ、俺の部屋の片付けをさ?
妹子:それは自分でやってください
  *木簡で聖徳の頭を軽くはたく
聖徳:(叩かれて)いたっ
聖徳:木簡って意外と痛いんだからな
妹子:どうぞ
聖徳:なにこれ?
妹子:それを部屋にでも飾ってください
聖徳:え?なに? 何も書いて無いよ?
妹子:う・ら
聖徳:え?なに?『禁酒』
妹子:意味はおわかりでしょう?
聖徳:あぁ、うん。禁酒ね。禁酒。お酒もほどほどにってか?
妹子:少しは身体をいたわってあげてください
聖徳:うん
  *妹子が少し歩いて水甕のそばくらいの距離へ
聖徳:(遠くに)なぁ、妹子?
妹子:(遠くに)なんですか?
聖徳:妹子は相変わらず、達筆だのう
  
  (第3話へつづく)



侍女:(モノローグ)
侍女:推古天皇が即位されて十余年が過ぎたころ、小野妹子は隋へ向かう舟に乗った。
侍女:大陸の文化は華やかで、さまざまな方法で国をおさめ、優秀な役人を集めていた。
侍女:隋は仏教という教えを中心に据え、人々の「こころ」を穏やかに保っていた。
侍女:――学びはいづれ役に立つ――
侍女:その言葉は真実になった。
侍女:そして、小野妹子は渡航から1年の歳月をへて、飛鳥の地へ戻ってきた。
  *小川のほとり。水がゆっくりと流れる音がする。
聖徳:妹子、こんなところにいたのか?
妹子:若君、あーいや、聖徳さま
聖徳:侍女に聞いたんだ、裏にいると。
妹子:呼んでくださったらよかったのに
聖徳:妹子、無事でなにより。礼を言わせてくれ、ありがとう
妹子:あなたがおっしゃったことは真実になりました
聖徳:なんだ?
妹子:『学びはいづれ役に立つ』と
聖徳:え?そんなこと言ったっけ?
妹子:ええ、おっしゃいました。私が隋へ行く船に乗る、5年も前に
聖徳:ごめん、おぼえてない
妹子:いえ、いいんです
聖徳:だが、確かにそうだ『学びはいづれ役に立つ』
聖徳:妹子が私に教えてくれたことは、今、この国に必要な事ばかりだ
聖徳:ところで、妹子?
妹子:なんでしょう?
聖徳:こんなところで何を?
妹子:小川のほとりにあったこの花を、いくつか持って帰ろうと考えていたところです
聖徳:花?
妹子:ええ
聖徳:持って帰ってどうするのだ?」
妹子:おうみの、私の里の、むらおさが亡くなられたという報せを受け取りました
聖徳:そうだったのか……
妹子:つらくはありません。時が経てば、いずれ私たちにもその時は訪れます
聖徳:そうだが……
妹子:少し心が落ち着かないので、花を供えようかと思ったのです
聖徳:花を?
妹子:ええ。ですから、この白い花を――
聖徳:白い花を摘んで、どうするのだ?
妹子:部屋に置くのです。器を、なんでも構わないのですが、器に土を盛り、そこに花を
聖徳:器に花?
妹子:ええ。部屋の中に花が咲くのはステキだと思いませんか?少し心が落ち着くと思います
聖徳:そうか。だが、部屋の中に花が咲いているというのは……ん~、想像できん
妹子:数日間なら、ここで摘んだ花も、その色を落としはしません
聖徳:いいじゃないか。それも、大陸の文化なのか?
妹子:ええ。私が学んだことのひとつであります
聖徳:さっそく、見せてくれないか。私の部屋に、その白い花を咲かせてくれないか
妹子:ふー、まったく。しかたありませんね。
妹子:あ、若君?
聖徳:なんだ?妹子?
妹子:部屋はちゃんと片付いているんでしょうね?
聖徳:ん~、大丈夫だと思う
妹子:(ため息)まったく。花を生ける前に、またそこから始めないといけないのですか?
聖徳:大丈夫だといっておるだろ
妹子:ほんとうに?
聖徳:……大丈夫だって
  
  (第4話へつづく)



  *聖徳太子の居室にて
聖徳:まぁ、座ってくれ
妹子:失礼します
侍女:どうぞ、座布団をお使いください
妹子:ありがとう
聖徳:ありがと
妹子:あ、そうだ、何か、器はありますか?
聖徳:そうだったな。なにか、器を持ってきてくれるか?
侍女:はい
妹子:意外ときれいにしてたんですね
聖徳:だから、大丈夫だと言ったろう?
妹子:もう、幼い頃のように、散らかった部屋を見た姉上に
妹子:厩戸皇子(うまやどのおおきみ)とは呼ばれなくて済みますね
聖徳:たいそうな名前をもらったもんだ
侍女:失礼いたします、このようなものを3つほどですが……
妹子:ありがとう、ん~、この平らなものを借りましょう
侍女:他は?
妹子:大丈夫です、これが一枚あれば。ちょうどいいのを持ってきてくれましたね、ありがとう
妹子:あ、ついでに、お願いしてもいいですか?
侍女:はい?
妹子:土が欲しいのです
侍女:……申し訳ございません
聖徳:あぁ、大丈夫。わからなくて当然だ、私もどうやるのか全く知らない
聖徳:いい機会だ、妹子について行って、学ぼうではないか
妹子:では、縁側から庭へ
侍女:庭へ降りられますか?
妹子:そうですね、草履を貸していただけますか?
侍女:こちらでよろしいですか?
妹子:ああ、ちょうどいい。ありがとう
侍女:聖徳様は?
聖徳:私はここから見ているよ。私の代わりに庭へ、妹子と一緒に降りてくれるか?
侍女:はい
妹子:このあたりで土を取りましょう
侍女:はい
妹子:いいですか?こうやって、庭の土を、程良いくらいに器に盛ります
侍女:手拭いをお使いください
妹子:ああ、ありがとう。では、この器を持ってきてくれますか?
侍女:はい
妹子:この子が部屋の片づけを?
聖徳:そのような役目はいらないと言ったんだがな
妹子:じゃあ、推古様が見かねて?
聖徳:昨年の、そう、妹子が舟に乗ったその日のうちにひとりよこした。それがその娘だ
妹子:気の利く良い子ですね。あなたも一緒にあがりなさい
侍女:はい、ありがとうございます
妹子:推古様のすばらしいご決断だ
聖徳:私もそう思う
妹子:こちらでよろしいですか?
聖徳:いや、中でやってくれ、縁側は床が冷える。中へ、そこへ置いてくれ
侍女:はい
聖徳:よいしょ
侍女:失礼いたします、こちらでよろしいですか
妹子:ありがとう
妹子:あ、あなたもここに腰を下ろしなさい
聖徳:そうだな、一緒に学ぼう
侍女:はい
妹子:先ほど摘んだ花をここに立てるのです
妹子:手立てとしてはこのように簡単です
聖徳:お前にもできそうだな
侍女:はい
妹子:季節や、まつり事に合せて、器を選び、花を選びます。
妹子:そういう行いとしての手立てが絡んでくるとちょっと難しいかもしれません
聖徳:お前には難しそうだな
侍女:はい
妹子:土に感謝すること、花に感謝すること、それから、誰かを想って花を見立てること
聖徳:お前にもできそうか?
侍女:はい
妹子:水を、この器に雨をあげるのです。
妹子:注ぎすぎてもダメですし、世話をしてあげないのはもっといけません
侍女:はい
聖徳:妹子、すばらしい文化だな
妹子:私もそう思います
妹子:(外に目をやって)あらら
聖徳:おお、雨が降り始めたな
妹子:あらまぁ、降り始めましたね
聖徳:妹子、つづけてくれ
妹子:そうですね。
妹子:では、この器にも、雨をあげましょう。急須でかまいません、水を持ってきてくれますか?
侍女:はい。少々お待ちくださいませ。
妹子:あの娘は、真直ぐな良い目をしている
聖徳:だが、ひとつだけ、譲らないことがある、ああ見えて頑固な娘だ
妹子:なにかあったのですか?
聖徳:これだ。覚えてるか?
妹子:あぁ、いつか書いた木簡ですね
聖徳:身にしみる教えだ
妹子:ええ。我ながら、良い字を書けました
聖徳:これをここの壁に飾ると言って、聞かないんだ
聖徳:妹子に額を叩かれた話をしたんだが、それ以来、ずっとここに置くと言って聞かない
聖徳:この木簡に結んである紫の紐を見るたびに、
聖徳:毎日、妹子に怒られているような気がする、酒を飲んでもいないのにな
  
  (第5話へつづく)



侍女:失礼いたします。急須に水をくんで参りました
妹子:ありがとう、いいですか? 土をさわってごらんなさい?
侍女:よろしいですか?
聖徳:妹子に従いなさい
侍女:はい
妹子:大丈夫、こわがらなくても
妹子:この器の上の土に、少しずつ、水をやります。
妹子:このくらいの急須が一番扱いやすいかもしれませんね
  *妹子が水を注ぐ
妹子:少しずつ、乾いていた土が潤っていきます
聖徳:おお、色が変わっていく。濃い土の色だ
妹子:このくらいが今の季節ちょうど良いと思います。ね
侍女:はい
妹子:夏は乾きやすいですから、注意しておきましょうね
侍女:はい
聖徳:冬は?
妹子:あまり冷たくないものを。
妹子:例えば、昨日から甕(かめ)に入れてあるような、優しい水を使うほうが好ましいようです
聖徳:なぜ?
妹子:あまりに冷たいと花がびっくりしてしまいます
聖徳:なるほど。花も人も同じだな
妹子:失礼
  *立ち上がる妹子
妹子:(廊下の向こうにいる別の侍女に呼びかけて)
妹子:すみません、これを――うん、ありがとう
聖徳:どうだ?
侍女:土が生きているみたいです
聖徳:なるほど
  *戻ってくる妹子
妹子:いかがでしょうか?
聖徳:土が生きているようだと
妹子:さぁ、手を貸してごらんなさい、拭ってあげましょう
侍女:あ。
妹子:やさしい手です
侍女:すみません
妹子:ひさしぶりですね、誰かの手を拭ってあげるなんて、ねぇ?
聖徳:よく世話になったもんだな
妹子:懐かしいですね
聖徳:懐かしいな
妹子:あぁ、若君も拭ってあげましょうか?
聖徳:大丈夫。遠慮しておくよ
妹子:はい
侍女:ありがとうございます
妹子:あなたは素直な良い目をしていますね
妹子:誰かを想うことで、花は一層美しく咲いてくれます
妹子:花を想うことで、その花は一層長く、その色を見せてくれます
侍女:はい。――あ、手拭いを
妹子:そうですね、ありがとう
妹子:それでは、手前が正面になっていますので、これを、見ていただくほうへ回します
聖徳:部屋の中に花が咲くとは
妹子:八百万(やおよろず)の神々からの頂き物です。感謝をする気持ちを忘れてはいけませんね
聖徳:この花は、なんとなくお前に似ているな
侍女:いえ、そんな
聖徳:感謝しているぞ、いつもありがとう
侍女:ありがとうございます
侍女:あ、妹子様?
妹子:なんでしょう?
侍女:聖徳様は、身体を壊さない善き教えだと、その木簡をとても大切にしておられます
妹子:そんなもの、片付けてしまっていいのに
侍女:聖徳様はいつも皆におっしゃられております、妹子様に頂いた、都で一番達筆な木簡だと
侍女:私は学(がく)がありません、なんという意味なのですか?聖徳様は教えてくださらないのです
妹子:(中国語っぽく)『イィチュゥ』
侍女:いいちゅう?
妹子:『我が身をかえりみて、身の丈を超えるような無茶をしない』という意味の教訓です
侍女:ありがとうございます
聖徳:なぁ、妹子? この紫を、妹子に返すときが来たようだ
妹子:紫を?
聖徳:あぁ、律令制度に新しく冠位を設けた。妹子は充分にそれだけの役目を担ってくれた
妹子:ありがたきお言葉、ですが、私には――
聖徳:いや、お前にこそふさわしい。冠位、大徳(だいとく)。正式にお前に授ける
聖徳:妹子、渡航の難儀よくやってくれた。いつだったか、お前が好きだと言った色だ
妹子:……聖徳様
聖徳:だから、明日にでも斑鳩へ行こう。ついでに推古のおばさんにも花を見せてやってはくれぬか?
妹子:では、この子を、共に連れて行きましょう
聖徳:それと、悪いんだが、
妹子:なんでしょうか?
聖徳:この木簡と同じ文言を書いてやってくれ、おばさん、昨日も呑んでたらしい。やってくれるか?
妹子:しかたないですね。けど、言ったでしょう?
妹子:私ができることなら、なんでもいたします、と
聖徳:そう、その言葉が聴きたかった
妹子:私がお手伝いいたしましょう
聖徳:頼んだぞ
妹子:はい
聖徳:これからもだ
妹子:はい

  
  ***おしまい***

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