御台本

御台本 - Written by oda

ボクらと、涙と、黒板と。
【登場人物】 【●性別】 【登場人物の概要】
ボクらと、涙と、黒板と。 朗読用 小説の形式です。朗読用にお使いください。

概要

ボクらと。シリーズ#03。

ボクらと、涙と、黒板と。

◆題名 『ボクらと涙と黒板と。』

◆登場人物
 ボク (鈴木紗希:すずき さき)
 俊也 (足立俊也:あだち としや)

   ◆◆◆


ボクの部屋の小さな窓。
少しだけ開けて風を入れてみた。
ひとつ大きく深呼吸してみる。
今日で中学生活が終わる。
最後の一日。
階段の下から、お母さんがボクを呼んだ。
「紗希ぃ~、お弁当~」
「わかった~」
昨日と変わらない、だけど、昨日とちがう一日がはじまった。


『ボクらと、涙と、黒板と』


「はい、お弁当と、お茶」
ボクは頷いて受け取った。
お母さんがじっくりとボクを見つめる。
「今日で見納めなのね~、紗希ちゃんの制服姿~」
「お母さんは来るの?卒業式?」
「はい、もちろん行かせていただきますわ」
「じゃあいいじゃん」
「それとこれとは話が違うのよ。あんたも母親になったらわかるわよ」
「はいはい、じゃ、いってきまーす」
「はい、気をつけて行っておいで」
ボクはお母さんに手を振って、家を出た。
「スズキ、おはよ」
俊也がちょうど家の前に居た。
「おはよ」
ボクらは並んで歩き出す。
昨日も一昨日も。風邪を引いて休んだ日以外は、いつもこうして並んで歩いて通った。
中学校と、小学校は隣の場所にあるから。
だから、この道は小学校のときからずっと、歩いてきた。
「なぁ、スズキ?」
「ん?なに?」
「いや、なんでもない」
「あ、そ」
「ちょっとコンビニ寄っていい?」
「間に合うの?」
「昼飯、買うだけ」
俊也はそういうと角のコンビニエンスストアに駆けていった。
ボクはゆっくり歩いていて、それから、しばらくして、信号待ちの間に、上手に追いついた。
「お弁当じゃないんだ?」
「いや? 弁当もあるけど、」
「足りないの?」
「ん~、なんか、落ちつかねぇ」
「なんで?」
「なんでって?」
「卒業式だから?」
「スズキの制服、もう見られないからかな」
俊也はニッコリ笑う。
俊也はボクの顔を覗き込んでくる。
「うるせぇ、バカ」
俊也は笑いながら言った。
「母親に言われなかった?」
「何で知ってるの?俊也も?」
「なんかさー、トシちゃんの制服姿、もう見られないのかしらー、中学の制服、お母さん気に入ってたのにー。とかなんとか」
そのやりとりを想像して思わず笑ってしまった。
「なーに笑ってんだよ」
「だって、俊也は4男でしょ?」
「そーだよ、これだって兄貴のお下がりなのにさ」
けれど、俊也はちょっとだけしんみりした顔をして呟くように言った。
「この坂道歩いて登るのも、今日で最後なんだな」
目の前に見慣れたはずの道があった。
両脇を花の付かない枝だけの桜が並ぶ。
何度も通ったこの道で、だけど、
「ねぇ、俊也?」
「なに?」
「手、つなごっか?」
俊也は小さく、「いいよ」と言った。


  ***


卒業式は淡々と進んでいく。
何度も練習させられたみたいに、だけど、練習よりもずっと順調に進んでいく。
立ったり座ったり、おじぎしたり。
そういうのをしてたら、まわりはなんとなく泣いていて。
泣いていたから、ボクも泣きそうになったけど、うまく泣けなかった。
卒業式はそうやって終わって。
教室で、先生のひとこと、みたいなのもあって。
ぼんやり、「あ~、卒業するんだね~」って気持ちが追いついてきた。
信号待ちして、俊也がコンビニから追いついたみたいに、ボクの身体に、気持ちが、やっと追いついた。
追いついたけど、先生は男泣きしていて。
隣に座った女友達はすでに泣き崩れていて。
その向こうに座った俊也と目があった。
俊也はクチパクで、「よく泣くな」って笑った。


ボクは俊也が教室に戻ってくるのを待っていた。
俊也は部活でお別れ会みたいなのをやるって言ってたから。
それが終わったら、教室でお弁当を食べようって約束していた。
教室から見上げた空は真っ青に晴れていて、気持ちがよかった。
ひとりで居残った教室にバケツとカメラの三脚を持った先生が入ってきた。
「おう、スズキ、まだいたのか」
ボクは小さく頷いた。
「この瞬間はあまり、見られたくないが、しかたないか」
先生が教卓を少しだけ動かして、前から4列目の席の上にカメラ用の脚立を置いた。
「だれにも言うなよ」
先生は、何度も撮ったはずの黒板のその前で、セルフタイマーをセットしたカメラに向かって、めちゃくちゃいい笑顔ってやつをつくった。
カメラはフラッシュをたいて、先生は真顔に戻った。
先生は黒板の前に仁王立ちした。
黒板には、『卒業おめでとう』の言葉を、「ありがとう」とか、「さよなら」とか、「がんばります!」とかたくさんの言葉が彩っていた。
先生は言った。
「スズキも、ありがとな」
先生は肩で大きく深呼吸した。
「よしっ」
先生はひとつ気合を入れると、黒板消しで丁寧に左隅から消していく。
一行一行。
ため息のような、深呼吸のような。
一行一行。
汗のような、涙のような。
一行一行。
確かめるように、忘れ去るように。
にぎやかだった黒板に、先生は水で絞った雑巾でまた、左隅からぬぐっていく。
一行一行。
塗りつぶすように。
一行一行。
思い出しながら。
一行一行。
頷きながら。
気づいたときには、隣の椅子に、俊也が黙って座っていた。
黒板消し用のクリーナーが、掃除機みたいな音を立てる。
ボクと俊也はしばらく先生の作業を見つめていた。
先生はきれいになった黒板消しを2つ手に持って、窓から腕を出すと、パンッパンッ。と2回やった。
先生は深緑色に戻った黒板に深々と頭を下げた。
そのとき、俊也は立ち上がると、拍手をした。
一人分の拍手。
ボクも立ち上がって拍手をした。
そうするべきだと思ったから。
二人分の拍手が静かな教室に広がった。
先生はこどもみたいに背広の袖で涙をぬぐって。
それから、強がって両手をバンザイみたいにして大声で言った。
「ありがとう!」
先生は持ってきたバケツと三脚を持って、授業のときと同じように、一礼して出て行った。
俊也は深緑色の黒板を真直ぐ見つめたままで、言った。
「そうだよな」
ボクは俊也の横顔を見つめていた。
一筋の光が頬を流れていく。
「今日まで。だもんな、俺らの教室」
俊也は姿勢を正すと、深々と一礼をした。
野球部っぽい発声で、「あざーしたっ」みたいな変な言い方で。
だけど、かっこよかった。
ボクは言った。
「マジメだね」
「マジメじゃねぇよ。こういうときくらいは、ちゃんとしたいって思えただけ」
俊也はにっこり笑ってこっちを向いた。
「スズキ、なに泣いてんだよ」
そう言われて、初めて気づいた。
だけど、そう言われた瞬間、胸の奥が熱くなって、頬を拭った右手の甲は濡れていた。
俊也はボクの頭を撫でた。
こども扱いするみたいに頭を撫でた。
「泣いてなんかないよ、バカにすんなよ」
俊也はボクの頭を抱きしめた。
目の前に俊也の第二ボタンがあって。
だけど、目の前のそれがだんだん涙でにじんでいく。
「どーせ、バカにするんだろ」
ボクの声は震えていて、だけど、俊也は優しく言った。
「今日はいいんだよ。だって、そーゆー日だもん」
「いいの、鼻水つくよ?」
俊也は言った。
「いいよ、どーせ、お下がり着るやつ、もういないんだし」
「なんか、アタシなんかでごめん」
「いいよ」
「いいの?」
俊也はちいさく、「いいよ」と言った。
ひとしきり泣いていたボクに、俊也は言った。
「なぁ、お弁当食べたら、また手つないで帰ろうか?」
ボクはちいさく、「いいよ」と答えた。




*** おしまい ***

◆題名『ボクらと、涙と、黒板と。』



◆登場人物
 ボク (鈴木紗希)
 俊也 (足立俊也)

                     2013.01.15

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