御台本 - Written by oda
【登場人物】 | 【●性別】 | 【登場人物の概要】 |
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語り手 | ●男性 | 語り手です。読む方は性別不問です。 |
あらすじ
ある営業マンが幽霊にあったらしい。って話。火鉢の炭
●語り手:私の学生時代の友人に、
●語り手:全国を飛び回る営業マンで、
●語り手:あぁ、こういう人を営業マンって呼ぶんだなぁ…
●語り手:という雰囲気の仕事をやってる、
●語り手:山田さんっていうのがいるんですけど、
●語り手:地方の田舎のほうまで
●語り手:人脈を頼りに、法人営業っていうのを、
●語り手:やってるらしいんですけど、
●語り手:電車がもう、日に何本も無いって
●語り手:そういうところに行ってきたんだ、って
●語り手:言うんです。
●語り手:自然が豊かなところでね。
●語り手:会う人には会えたんだって。
●語り手:だけど、もう、帰る便もなくなりかけて、
●語り手:営業先では、
●語り手:電車に乗って帰るつもりだからって、
●語り手:まぁ、訪問先もお客さんなんでね
●語り手:隣町まで高速道路通って、
●語り手:車で送ってもらうっていうわけにも
●語り手:いかないんでね、
●語り手:泊まる場所でもあれば、
●語り手:まぁ、いちにち翌日ね、
●語り手:ゆっくりできるな~って
●語り手:まぁ、そんなことを考えてたら、
●語り手:あと数メートル先、
●語り手:線路の向こう側で、
●語り手:最後の電車が行っちゃったんだって。
●語り手:スマートフォンもあるんだけど、
●語り手:地図に、宿屋らしきものがない。
●語り手:調べて来ればよかったな~って。
●語り手:ただ、話が弾んで、
●語り手:営業成果もいいほうに行きそうだなって
●語り手:雰囲気もあったもんだから、
●語り手:ついつい良いほうに良いほうに
●語り手:考えちゃうもんで。
●語り手:まぁ、空気もうまいし、
●語り手:夕焼けもきれいに見えそうなくらい
●語り手:空がきれいなもんで、
●語り手:駅前で、道路というか、
●語り手:家の玄関先をほうきで掃除してる
●語り手:おばあちゃんに、
●語り手:「このへんで、
●語り手: 宿屋やってるとこないですかね?」
●語り手:って尋ねたんだって。
●語り手:そしたら、偶然にも、
●語り手:「あー、うちは民宿やってたから、
●語り手: 困ってんなら、布団くらいはあるよ」って。
●語り手:こりゃついてるなぁって。
●語り手:唯一見つけた村人が、
●語り手:泊めてくれるって言うもんで
●語り手:しかも、民宿だって言うもんだから、
●語り手:「いくら払えばいいですかねぇ?」
●語り手:って、おばあちゃんについていきながら、
●語り手:聞いたら、丸い背中を向けたまんまで、
●語り手:「ん~、三千円くらいかねぇ」
●語り手:って、柔らかい声で言うんでね、
●語り手:晩御飯代込みで、前もらってた金額が、
●語り手:そんぐらいなんだって言うもんで
●語り手:最近じゃ、ビジネスホテルだって、
●語り手:五千円超えるときもあるもんだから、
●語り手:こりゃいいや。って。
●語り手:「領収書出せますか?」
●語り手:って、尋ねたら、
●語り手:「あー、昔のがあったかもしれないねぇ」
●語り手:なんてそのおばあちゃんが言うんで、
●語り手:一応、もらえたら嬉しいですってね。
●語り手:サラリーマンだから、もらえないと
●語り手:自腹になっちゃうから、
●語り手:こりゃ助かるなぁって。
●語り手:腕時計も、まだ5時になってないから、
●語り手:少し寒い季節に入りかけてたから、
●語り手:真っ暗になる前に、民宿の、
●語り手:畳の、まぁそれほど広くない部屋だけど
●語り手:一人で泊まるには充分でね。
●語り手:「この部屋しかないけど」なんて、
●語り手:おばあちゃんは言うんだけど、
●語り手:もう、充分すぎるくらいに思えてね。
●語り手:「あとで、温泉の脱衣所のすぐ近くに、
●語り手:布団を一式出しとくから、
●語り手: 部屋まで持ってってくれるかね」って
●語り手:おばあちゃんがにっこり笑って言うもんで
●語り手:「温泉あるんですか?」って。
●語り手:「このあたりで温泉のない民宿なんか、
●語り手:探すほうが難しい時代があったんだ」って。
●語り手:確かに、一番近い隣町のインターチェンジも、
●語り手:ひとつ隣の駅も、
●語り手:温泉地があるのは知ってたから、
●語り手:まぁ、そういう山あいのね、地域なんだってね。
●語り手:おばあちゃんが、
●語り手:晩御飯は、ここの椅子とテーブルで、
●語り手:一人分だけは作ってあげられるから
●語り手:「それでいいかい?」
●語り手:そりゃもう、ほかにコンビニもないんだから
●語り手:「ありがとうございます」って。
●語り手:山田さんは、部屋で荷物をほどいて、
●語り手:温泉に入りに行ったんだって。
●語り手:アツアツでね、自分以外誰も入ってない
●語り手:一番風呂だったから、
●語り手:そりゃもう、幸せでね。
●語り手:風呂から上がったら、
●語り手:おばあちゃんの手書きのメモで、
●語り手:こんなものしか用意できませんけれど。
●語り手:って、領収書と一緒に置いてあったんだって。
●語り手:白いごはんと、
●語り手:にんじんとサツマイモのお味噌汁と、
●語り手:塩鮭の焼いたのと、ポテトサラダと、
●語り手:卯の花、あ、おからの炊いたのね、
●語り手:それと、白菜の漬物、
●語り手:緑茶の急須と、
●語り手:たっぷりお湯が入った保温ポットに、
●語り手:熱燗が1合、添えてあって。
●語り手:こりゃ充分だ。ってわけ。
●語り手:おいしくてねぇ、
●語り手:なんか懐かしいんだって。
●語り手:ひさしぶりに、
●語り手:コンビニ弁当じゃない晩飯にありついた
●語り手:山田さんだったから、
●語り手:あっという間に食べちまって、
●語り手:熱燗もくくっといってね。
●語り手:お茶のセットは、まぁ、
●語り手:部屋にもっていくかね。ってんで。
●語り手:泊まらせてくれる部屋に
●語り手:お茶のセットを持ってって、
●語り手:それから、布団一式運んでね、
●語り手:自分で敷いて、
●語り手:ごろーんとしたら、
●語り手:最初は、体もぽかぽかあったまってね。
●語り手:温泉と、熱燗と、晩御飯で。
●語り手:しばらく、心地いいなぁって。
●語り手:うつらうつら、
●語り手:もしかしたら、
●語り手:しばらく寝てたかもしれない。
●語り手:だけど、布団の中に入ってるんだけど、
●語り手:底冷えがする。
●語り手:ふと目を覚ましたら、
●語り手:なんか寒いなー。
●語り手:ふとんも、ちょっと心もとないなぁって。
●語り手:なんだか、伸ばすと足も出ちゃうってね。
●語り手:山あいの場所だったから、
●語り手:静かなもんで、真っ暗。
●語り手:天井から下がってる照明器具の、
●語り手:紐があるんだけど、
●語り手:その紐、引っ張っても、
●語り手:電気もつかないんだって。
●語り手:温泉に、もういっかいつかるかなぁなんて。
●語り手:ふすまをあけて、
●語り手:廊下に出てみたら、
●語り手:そこも、真っ暗だったんだって。
●語り手:その先に、小さい、明かりがついてて、
●語り手:懐中電灯の光みたいなのがあって、
●語り手:さっき食べた椅子と机のところで、
●語り手:おばあちゃんが、食器を台所までさげてたんだって。
●語り手:「あ、おばあちゃん、持っていくよ」
●語り手:気づいたおばあちゃんが、
●語り手:「ああ、いいのいいの」
●語り手:言うんだけど、片手に懐中電灯持って、
●語り手:味噌汁のお椀、焼き魚用の平たいお皿、
●語り手:一個ずつ持っていこうとするから、
●語り手:「おいしかったよ、このくらいやらせてよ」
●語り手:って、山田さん言うから、
●語り手:「じゃあ、流しのところに置いといて」って。
●語り手:のれんをくぐって台所に入っていったら、
●語り手:水道が細ーくね、
●語り手:水が流れっぱなしになってるんだけど、
●語り手:「あぁ、凍っちゃうのかな」って
●語り手:寒い地域は、水道管が凍って、
●語り手:使い物にならなくなることがあるから、
●語り手:「あー、よくやるよな」って自己完結して、
●語り手:お皿を全部持ってったって。
●語り手:「洗うのはやるから」
●語り手:おばあちゃんに言われたら、
●語り手:まぁ、洗って皿を割ってしまっても
●語り手:いけないし、慣れてないし、
●語り手:暗いしでね。
●語り手:山田さんは、「ごちそうさま」って
●語り手:そしたら、おばあちゃん、
●語り手:「寒くないか」って。
●語り手:あぁ、そうだそうだ、思い出してね。
●語り手:「ちょっと寒いんだよね」
●語り手:「停電にでもなっちゃったの?」
●語り手:「時々あるんだ。」って。
●語り手:「でも、直してくれる人が来て、
●語り手: 明日の朝には戻るから」
●語り手:あーそうか。って、
●語り手:そしたら、おばあちゃんが、
●語り手:「火鉢の小さいのがあるから」
●語り手:「これ持っていきな」って
●語り手:「おばあちゃんは寒くないの?」
●語り手:「私は、もう、使わないから
●語り手: 大丈夫だから、火のついたの
●語り手: 持っていきなさい」ってくれたんだ。
●語り手:片手で持てるくらいの。
●語り手:でも、あったかいんだね、
●語り手:炭火のあの火力というか、
●語り手:じんわりあったかいのが心地良くてね。
●語り手:酸欠になっちゃいけないから、
●語り手:ふすまの、廊下とのあれを、
●語り手:5センチくらいちょっとだけ開けてね。
●語り手:部屋が、真っ暗なんだけど、
●語り手:うすぼんやり、炭火の、
●語り手:赤いのが、見えるから、
●語り手:それだけでもあったかくなってね。
●語り手:お布団に入ってみてたんだけど、
●語り手:そしたら、いつの間にか眠っちゃってたんだって。
●語り手:翌朝、
●語り手:「ちょっと、起きてください」
●語り手:って、男の声で目を覚ましたんだよ。
●語り手:ん?なんだ?
●語り手:警察官が2人、自転車もそばに置いてね。
●語り手:「こんなところで、なんで寝てるんですか?」
●語り手:目を覚ましたら、駅前のすぐちかくの、
●語り手:コインパーキングの、
●語り手:3番って書いたアスファルトの上で、
●語り手:タイヤを止めとくアレを枕にして、
●語り手:寝てたんだって。
●語り手:警官もふたりとも信じてくれない。
●語り手:「まだ秋だから、善かった」
●語り手:「冬だったら、死んでたぞって」
●語り手:言ったんだって。
●語り手:でも、山田さん、昨日のことがあるから、
●語り手:「でも、昨日、民宿泊めてもらって、
●語り手: おばあちゃんに、晩御飯と、温泉と、
●語り手: ふとんと、火鉢を借りたんだ」
●語り手:警官はふたり顔を見合わせて、
●語り手:笑ってる。
●語り手:「狐にでも化かされたんじゃないか」
●語り手:なんて言うんだね。
●語り手:でも、まぁ、立ち上がって、
●語り手:服も、昨日の仕事の背広のまんまだし、
●語り手:おかしいなぁって、山田さんもなってね。
●語り手:警官は警官で、
●語り手:「酔っぱらって、寝るのも
●語り手: 季節考えてくださいね」なんて。
●語り手:まぁ、腑に落ちないよね。
●語り手:立ち上がって、寝てた駐車場の
●語り手:となりに、佐々木写真館ってのが見えたもんで、
●語り手:ドアをコンコンってノックして、
●語り手:朝早いけど、おじいさんが出てきた。
●語り手:「あの、このへんに、民宿なかったですか?」って。
●語り手:「あー、隣が、民宿だったんだよ。
●語り手: 殺風景な駐車場にしちまってね。
●語り手: 息子夫婦も、あれだよ、
●語り手: こっちには戻ってくることもないってんで。
●語り手: もう、6年前かね。
●語り手: おばあちゃんが亡くなったあとで、
●語り手: さっさと解体して、
●語り手: 更地にしちまって。
●語り手: 駐車場にしたって、誰も使わねぇのに。
●語り手: あー、懐かしいねぇ」
●語り手:写真屋のおじいさんが、
●語り手:壁に飾ってあった古い写真を指差した。
●語り手:そこに、昨日のおばあちゃんが、
●語り手:割烹着来て、ほうき持って、
●語り手:玄関先で、にっこり笑って映ってる。
●語り手:山田さんが見た昨日の、
●語り手:おばあちゃんのまんまなんだって。
●語り手:写真屋のおじいさんが言ったんだ、
●語り手:「20年も前の写真だ。
●語り手: あの頃はよかった。
●語り手: 多くはないが、泊り客もよく来てた。
●語り手: おばあちゃんの知り合いか?」
●語り手:山田さんが正直に言ったんだ。
●語り手:そしたら、写真屋のおじいさんが、
●語り手:「せがれが、かえって来る気がしてねぇ
●語り手: って、いつも言ってたんだよ。
●語り手: 戦争で、息子をひとり亡くしててね。
●語り手: あぁ、写真写真、
●語り手: あんた見て、思い出したよ。
●語り手: この写真預かってたんだ」
●語り手:写真屋のおじいさんが、
●語り手:山田さんに、
●語り手:一枚の白黒の古い写真の入った
●語り手:このくらいの小さなアルバムを
●語り手:そのページを開いて、手渡したんだ。
●語り手:写真屋のおじいさんが言うんだよ。
●語り手:「あんた、そっくりだね」って。
●語り手:写真の中に、瓜二つ。
●語り手:山田さんとそっくり、
●語り手:ちょっとだけ、山田さんのほうが、
●語り手:運動不足で太った感じはあったらしいけど、
●語り手:本当に、びっくりするぐらいそっくりだったって。
●語り手:写真屋のおじいさんに、
●語り手:民宿に泊まったってひととおり話したら、
●語り手:「あー、だから、おばあちゃん
●語り手: 帰って来てたんだ」
●語り手:って、妙に納得するんだよ。
●語り手:「なんかあったんですか?」って
●語り手:そしたら、手招きをして、
●語り手:「裏の井戸にな、
●語り手: 共用で使ってた井戸があるんだ」
●語り手:写真屋の勝手口から出て行って、
●語り手:裏の井戸を見て驚いた。
●語り手:昨日食べた、晩御飯の食器が一式、
●語り手:ちゃんと洗って重ねておいてある。
●語り手:写真屋のおじいさんが言うんだ。
●語り手:「あんた、食べたのか?」って。
●語り手:山田さんが頷いて、
●語り手:「あぁ、食った。
●語り手: 魚も、ポテトサラダも、白菜の漬物も。
●語り手: 熱燗も、呑んだよ」って。
●語り手:まさかと思って、
●語り手:背広のポケットに手を突っ込んだら、
●語り手:昨日もらった、領収書と、
●語り手:おばあちゃんの手書きのメモが出てきた。
●語り手:そしたら、写真屋のおじいさんが
●語り手:言ったんだ、
●語り手:「あぁ、あんた、そりゃいいことをした、
●語り手: おばあちゃん、うれしかっただろうよ」
●語り手:ってね。
●語り手:ふたりはそこで、井戸に向かって、
●語り手:一緒に手を合わせた。
●語り手:あぁ、それとね、
●語り手:その食器の隣にあった小さな火鉢の中で、
●語り手:小さくなった炭の火が、灰の中で、
●語り手:まだ、小さく、赤く光ってたんだって。
*** おしまい ***