御台本

御台本-Written by oda

君色のブルーに染まって(広島弁)
【登場人物】 【●性別】 【登場人物の概要】
千夏 女性 広島弁。ちなつ。26歳。
優也 男性 標準語。ゆうや。26歳。

あらすじ

「うちね、結婚するんよ」
頬を伝う涙を拭いもせずに、彼女は……そう言って微笑んだ。

君色のブルーに染まって(広島弁)

優也(モノローグ):「瀬戸内海の穏やかな夏の海を眺めていると、懐かしい日々を思い出す。浜辺に落ちていた誰のかわからないボロボロのパラソルを開いて、日陰をつくった」

優也:よっこいせっと

優也(モノローグ):Tシャツとサンダルを砂浜に脱いで、ハーフパンツのジーンズで海に潜ったのを、海から上がってから少し後悔して、だけど、海から吹いてくる潮の香りをまとった風に吹かれながら、妙な満足感にひたっていた。

優也:(ため息)はぁ~泳いだ泳いだ。やっぱ、夏は、海だわ
優也:(満足そうなため息)
千夏:ケンちゃん、来とったん?
優也:え?
千夏:あ、
優也:あ、ごめんなさい、このパラソル、勝手に使っちゃって……
千夏:あ、いえ
優也:すいません、俺、
千夏:あ、いいんです。この島のみんなも、そのパラソルが誰のんかわからんまま使うてますし
千夏:近所の男の子たちは、いっつも使っとるから、今日も来とるんかと思って
優也:そうだったんですね。なんか……すいません
千夏:あ、お隣いいですか?
優也:あ、どうぞ
千夏:ボロボロで穴も開いとるんですけど、みんな使っとるんですよ、おじゃまします
優也:あぁ、そうだったんですね。すいません、勝手に広げちゃって
千夏:ううん。
千夏:今日だってこんなに天気も良いし、男の子たちが広げるんか、あなたが広げんるかのちがいだけですから
優也:使ってよかったんですか?
千夏:誰かが広げて、誰かが畳んで
千夏:海の季節が終われば、そこのラムネ屋さんの杉広のおじいちゃんが納屋に片付けてくれるんです
優也:そのおじいさんのものじゃないんですか?
千夏:うん。ちがうって言ってました。だけど、この浜は、陽の光をさえぎるものが何んもないでしょ?
優也:そうですね
千夏:だから、ちょうどええの。今日はありがとうございます
優也:あ、どう、いたしまして
千夏:お散歩の途中で、少しだけ海を眺めときたい気分じゃったけぇ
千夏:パラソルが開いとるの見つけて、うち、少し嬉しゅぅて
優也:あ、そう言っていただけると
千夏:意外と重いけぇ、うちには独りでよう広げられんくって
千夏:だけん、ありがとうございます
優也:よかった。あ、砂浜熱くないですか?
千夏:大丈夫。お尻に敷くタオルも持ってきとります。
千夏:それに、泳ぐ前にパラソル開いとってくれちゃったんでしょ?
優也:ええ、まぁ。一応、サンダルと、このタオルと、スマホくらいは日陰に置いておきたくて
千夏:そのためのパラソルじゃったんですね
優也:ええ
千夏:うちも、今日みたいな日は、ノースリーブの白のワンピース選んだりしてから
千夏:だけんどうにか涼しゅうできると良えんじゃけどって思うけど
千夏:この麦わら帽子と小さな日傘じゃ、なんかアレじゃけぇね
優也:今日は気持ち良いですよ。久しぶりに来たんですけど、やっぱり、この浜は、やっぱり良いですよ
千夏:久しぶりなんですか?
優也:ええ、幼い頃、幼稚園上がったくらいの頃から、小学校の3年生くらいまでは、夏休みに。
優也:昔は、おじいちゃんの家があって、今はもう、なくなったんだけど
千夏:ずいぶん変わっとるでしょう? 堤防やら、あっこの桟橋とか
優也:ん~、思い出の中でね、覚えてる景色の、それっていうのが
千夏:うん
優也:まんま、この画角でさ。まっすぐここから見える、この、この感じ
千夏:あそこのテトラポットんとこは?
優也:同じ。変わってない
千夏:よかった
優也:泳ぎは、この海で覚えたんです
千夏:ここで?
優也:うん。学校のプールだと泳げなくて。
優也:もちろん、幼稚園はぱしゃぱしゃ遊んでる水浴びみたいなもんで、
優也:小学校2年生でようやく足がギリギリつかないみたいな普通のプールに入るんですよ
優也:上手な子はスイスイいくんですけど、僕は、犬より下手な犬カキで
千夏:泳げんかったのに、海は怖くなかったん?
優也:びびってましたよ。ひざくらいまでしか入れないっていうか、「浮き輪ないと無理!」って泣いて
優也:いとこのお兄ちゃんを困らせたりして
千夏:浮き輪があればまだええですもんね
優也:うん
優也:ある夏の日に、2年生だったかな
優也:この海で、この島の地元の子に、つきっきりで教えてもらったんです
千夏:へぇ~楽しそう
優也:うん、楽しかった。思い出したら、なんか懐かしくて
優也:あ、すいません、なんか俺ばっかりしゃべってしまって。
優也:好きな海見てたら…すいません。
千夏:ううん。うちも、この海が好きじゃけぇ。
優也:その子、かっこよくて、キリッとしてて、俺より背高くて、当時、俺、クラスで一番身長小さくて
千夏:ホントに小さかったんですか?
優也:今じゃ全然信じてもらえない
千夏:スポーツとかはしちょってん?
優也:大学までラグビーを。全然、弱小チームですけどね
千夏:じゃあ「前ならえ」んときは、腰に手をこうやってやっとった人?
優也:そうですよ、こうやって
千夏:全然信じられんですよ。この島におったら一番大きい人かもしれんね
優也:そうかもしれない
優也:あ、それでね、その子の指導方針ってのが
千夏:指導方針?
優也:泳ぎのね
千夏:うんうん
優也:ショック療法みたいな感じで
千夏:ショック療法?
優也:浮き輪が手放せなくて、いとこのお兄ちゃんがいないときには、お尻がつくくらいの場所で
優也:こうやってジャパジャパ遊ぶだけの、チビだったんですけど
千夏:ふふふふ
優也:あ、ダメですよ?今の俺で想像しちゃ?
優也:こんなおっきいのが、浮き輪くっつけてバチャバチャってしてたでしょ?
千夏:ごめんなさい
優也:もー(笑)
千夏:ごめんなさいっ
優也:あはは。その日、初対面ですよ?
千夏:うんうん
優也:「ねぇ、こっち来て?」って座ってる僕に言うんです
千夏:うんうん
優也:手をつないで、有無を言わさず
千夏:うんうん
優也:どんどん沖のほうに歩いてって、僕が「待って」っていうのも聞かずに
優也:その子なんて言ったと思います?
千夏:なんて?
優也:「きれいなところがあるから、見に行こう」って
千夏:うんうん
優也:いや、これね、子どもだから良いんですよ?大人でこれやられたら、
優也:ただの入水自殺みたいになっちゃいますからね?
千夏:うんうん(笑)
優也:で、逆らえないまま、足がつかなくなるじゃないですか?
千夏:うんうん
優也:手を離してくれなくて、なんとか着いていって、
優也:そしたら「息吸って、息吐いて、思いっきり息吸って!息止めて!」って
千夏:言われたとおりにしちゃったん?
優也:必死だったんで。やったんだと思います
千夏:うんうん
優也:その子、僕が息吸って止めた瞬間に、僕を抱きしめて、海に潜っていったんです
優也:真下に、ずんずん。すごい勢いでどんどん降りていく
千夏:目あけてたの?
優也:覚えてるんですよ、見てるの僕
千夏:覚えとってん?
優也:濃い青の中で、どんどん、海底が近づいてくる。ぐっぐって、その子が足で泳ぐ度に、ぐって進む
優也:あっという間に、海底に届いて、僕は、思わずその海底にあった貝殻をつかんで
優也:上がるときの景色を、今でもときどき夢に見るんです
優也:見上げた青の中に、オーロラみたいな光のカーテンがあって
優也:揺れて、キラキラが、その、輝いて、光の壁みたいなのに、さそわれるように浮かんでいくんです
千夏:きれいじゃった?
優也:うん。きれいだった
千夏:また見たい思う?
優也:この海で、見たいなぁって思って。さっき潜ってきたんだけど、なんか違ってて…
千夏:よいしょっと
優也:どうしたんですか?急に立ち上がって
千夏:えっと、ねぇ、君?
優也:え?
千夏:こっち来んさい?
優也:え?
千夏:ほら、手
優也:え?あ、うん
千夏:手、離さんけぇ
優也:いや、でも、ワンピース
千夏:大丈夫、麦わら帽子と日傘とタオルしか持ってきとらんし、ここに置いとけば
優也:え?でも?
千夏:ほら、立って
優也:真似ですか?
千夏:ええけぇ、立って、
優也:待ってください、その恰好じゃ
千夏:ほら、おいでって。さっきまで泳いどっちゃったんでしょ?
優也:泳いでましたけど
千夏:「きれいなところがあるけん、見に行こ」 泳げる?
優也:一応
千夏:じゃあ、入るよ、海。クロールは?
優也:クロールも、平泳ぎも、バタフライも
千夏:じゃあ、大丈夫じゃね、おいで
優也:あのさ(泳ぎながら)
千夏:……
優也:……
千夏:……「息吸って、息吐いて、思いっきり息吸って!息止めて!」
優也:え、ちょ、(息吸ってとめる)
千夏:また、あの日みたいに、行くけんね!

優也(モノローグ):「濃い青の中で、どんどん、海底が近づいてくる
  抱きしめられたまま、ぐっぐって彼女が足で泳ぐ度に、ぐっと進む
  冷たい海の中で、抱きしめられて、君と触れている部分があたたかくて、冷たくて
  ワンピースの裾が、海の中で広がって、僕の足をふわりと撫でる
  あっという間に、海底に届いて、僕は思わず、あの時みたいに、その海底にあった貝殻に手を伸ばした
  彼女と目が合った。海底で、くちを開く。聞こえないはずの海底で、だけど」

千夏:「思い出したん?」

優也(モノローグ):彼女は微笑んで、僕らは両手をつないで、浮上する
千夏(モノローグ):見上げた青の中に、オーロラみたいな光のカーテンがあって、揺れて、キラキラが
  そこで、輝いて、光の壁みたいなのに、さそわれるように浮かんでいく
優也(モノローグ):水面の輝きに、僕らは…

(水面に浮上。息があがって)
千夏:きれいじゃろ?
優也:うん。きれいだった。っていうか、思い出した?とか言うから
千夏:わかった?
優也:君だったんだ?
千夏:うん、うち。あ、目が一緒、変わってない。君じゃったんじゃ
優也:答え合わせ?
千夏:うん。恥ずかしい事言ってもええ?
優也:なに?
千夏:君が、うちの初恋。
優也:え?
千夏:じゃ、浜に戻るよ
優也:え?あ、待って待って待ってってば

優也(モノローグ):彼女は、僕が待ってっていうのも聞かずに、砂浜のほうへ泳いでいく
  僕は、だけど、あの頃のままの僕じゃない。泳いで泳いで追いついて、
  ちょうど足がついて立ち上がったところで、僕は、彼女の手を掴んだ」

優也:待ってって言ったのに。少しは上手くなったんだ、泳ぐの
千夏:びっくりした
優也:俺も、恥ずかしい事言っていい?
千夏:ええよ?
優也:俺も、君が、俺の初恋。
千夏:バーカ
優也:会いたかった
千夏:…バーカ。
優也:会いたかったんだ
千夏:4年生の夏も来るって言うとった
千夏:5年生の夏も来てくれるんじゃって思って…6年生の夏も……って言ったってしょうがないね
千夏:10歳のうちに失恋させたの君なんよ
千夏:こんな大きくなってから、何かっこよくなっとんよ?…ずるいわぁ
優也:……
千夏:うち、いっぱい泣いたんよ。いっぱい泣いたの。なのに、だって、好きな目が、好きな瞳が
千夏:あの日と全然、変わっとらんもん
優也:やっと会いにこれた
千夏:バカ、思い出してしまうじゃろ…なんでこの島に戻ってきてくれんかったん?
優也:親の仕事の都合でさ海外に行ってた
千夏:海外?
優也:パリとかロンドンとかケープタウンとか、チリにもいた、社会人になってやっと帰ってこれた
千夏:うちね、もう26なんよ。18年分損した。
千夏:じゃけどごめんね、うち、君と恋したかったけどもう、遅いんよ
優也:遅い?
千夏:うちね、結婚するんよ

優也(モノローグ):「頬を伝う涙を拭いもせずに、彼女は……そう言って微笑んだ」

千夏:お見合い。お見合いして、たぶん、結婚
優也:よかった
千夏:よかった?ひどいね
優也:ちがうよ、まだ、結婚してなかったんだ
千夏:え?
優也:まだ、君は誰のものでもないんでしょ?
千夏:じゃけど来月にはお見合いする
優也:予定だったんでしょ?
千夏:そうじゃけど?
優也:だったら、もう一度言わせてよ?
千夏:なにを?
優也:忘れたの?
千夏:忘れとらんけど
優也:ボクが大人になったら結婚してください
千夏:冗談で言いよるんじゃろ?
優也:ううん本気で言ってる。今日会えなかったらあきらめようと思ってた。だけど
千夏:だけど?
優也:会えた。俺も18年分損した気分。だけどさ、今日から、続きできないかな?
千夏:うちは…小さかった時の君しか知らん
優也:俺も、小さかった時の君しか知らん(笑)
千夏:笑って言うし
優也:ねぇ、手
千夏:バカみたいな事考えとるじゃろ?
優也:元々は君がやった事だよ?
千夏:思い出したんじゃろ、やっと?
優也:ずっと覚えてた。ほら息吸って
千夏:バカ
優也:ほら息吐いて
千夏:なんでこんな事覚えとるんよ
優也:ほら思いっきり息吸って!息止めて!
千夏:…
優也:…
千夏:…

優也(モノローグ):僕らは、頭のてっぺんまで海につかって
千夏(モノローグ):お互いの手を握って
優也(モノローグ):海の中で互いの体を抱き寄せた
千夏(モノローグ):冷たい海の中で君の体温を感じて
優也(モノローグ):冷たい海の中でまっすぐに見つめあって

千夏:大好き

優也:俺も大好き

優也(モノローグ):あの日ふたりだけの秘密の海の中で
千夏(モノローグ):君色のブルーに染められて
優也(モノローグ):僕たちは、その青の中で
千夏(モノローグ):……キスをした

(水面に出る)
優也:あはは
千夏:もう子どもみたいな事するんじゃけぇ
優也:あはは
千夏:あはは
優也(モノローグ):頬を伝う涙を拭いもせずに、彼女は…
千夏:お母さんに言わんといけんね、
千夏:うちね、結婚するんよ、
千夏:結婚したいくらい会いたかったこの人に、
千夏:またこの海で会えたんよ、って
千夏:初恋の君と、また会えたんよ。って

優也(モノローグ):彼女は…そう言って微笑んだ


*** 終 ***



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