御台本 - Written by oda
【登場人物】 | 【●性別】 | 【登場人物の概要】 |
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ソリ | ●性別不問 | そり。(雪車、橇、雪舟、轌、艝)底面を滑らせることで物体の移動を補助する道具。英語では小さなものを sled、大きなものを sleigh、一番大きなものを sledge と表現する。※演じる方の性別は問いません。 |
あらすじ
倉庫のシャッターが開くと、そこは一面の雪景色だった。【クリスマス用】ソリの独白
●ソリ:倉庫のシャッターが開くと、そこは一面の雪景色だった。
●ソリ:赤い服のヒゲヅラと、ツノだけが立派で無能なシカ科の哺乳類が現れた。
●ソリ:今年もやってくる。
●ソリ:最低最悪な一晩の始まりだ。
●ソリ:『 ソリの独白 』
●ソリ:まず、ひとつめに言いたいことがある。
●ソリ:赤いヒゲよ、過積載という言葉を知っているか?
●ソリ:そうだ、カセキサイだ。
●ソリ:規定の重量を超過した荷物を載せることだ。
●ソリ:日本という国では、
●ソリ:これによる罰則が与えられる。
●ソリ:その罰則が与えられる対象は、
●ソリ:載せてしまったソリに対してではない、
●ソリ:荷物を載せた者、
●ソリ:つまり、赤いヒゲ、お前だ。
●ソリ:ここは日本ではないと言われれば
●ソリ:そうかもしれないが、
●ソリ:過積載は世界共通の概念だ。
●ソリ:そして、今夜、
●ソリ:お前はいったい何個の荷物を、
●ソリ:いったい、何キログラムの荷物を、
●ソリ:私に載せようとしているのか、
●ソリ:その白い袋で隠そうとしているようだが、
●ソリ:……毎年毎年、
●ソリ:……おまえ、
●ソリ:……マジか?!
●ソリ:……正気か?!
●ソリ:あぁ、昔が懐かしい。
●ソリ:先代の先代の先代の先代は、
●ソリ:「ちょっと村のこどもたちに、
●ソリ: 喜んでもらいたいんだ。」
●ソリ:そう、にこりと微笑んで、
●ソリ:村の子どもたちに、
●ソリ:片手でかつぐことができる程度の
●ソリ:プレゼントを、
●ソリ:村の子どもたちが寝静まった頃合いに
●ソリ:ひとつひとつ、
●ソリ:煙突から忍び込んで
●ソリ:白いヒゲを真っ黒にしながら
●ソリ:「朝目を覚ましたら、
●ソリ: 泣いて喜ぶぞ」
●ソリ:そう言いながら配ったものだ。
●ソリ:なのに、今年は、
●ソリ:まずは荷物!
●ソリ:クレーンで吊り上げるほどの量!
●ソリ:クレーンのチェーンが泣いている
●ソリ:クレーンですら、その重量に耐えられないのだ。
●ソリ:あぁ、木製のこの私に、
●ソリ:いったいどこをどう見たら、
●ソリ:その大きさの白い袋で載せられると考えた?!
●ソリ:アホなの?
●ソリ:バカなの?
●ソリ:無計画にもほどがあるだろう?!
●ソリ:無能なシカ科が私のそばへ来て、
●ソリ:ベルを鳴らした。
●ソリ:そのベルは私を地球の重力から解き放ち
●ソリ:私の直下に、私の影を切り離す
●ソリ:赤いヒゲよ、満足そうに
●ソリ:「うむ、載ったな」
●ソリ:じゃねぇんだよ。
●ソリ:側面部も後背部も
●ソリ:全力でギシギシいってるのが!
●ソリ:……きっともう、
●ソリ:聴こえないのかもしれない
●ソリ:ヤツはベテランになりすぎた。
●ソリ:先代から引き継いだ時点で、
●ソリ:もう、ジジイだった。
●ソリ:当時はまだ、
●ソリ:元気なジジイだった
●ソリ:けれど、
●ソリ:元気なジジイは
●ソリ:何年もかけて、
●ソリ:おとろえたじじいに進化した。
●ソリ:相棒の、シカ科も、
●ソリ:同様に、老いぼれだ。
●ソリ:他を見て笑うことなかれ。
●ソリ:そう、例外なく私も、
●ソリ:秒針が刻む、時の流れに合わせて
●ソリ:あらゆるところがおとろえているのだ。
●ソリ:私たちはもう、
●ソリ:超高齢化デリバリーなのだ。
●ソリ:シカ科がヒヅメを打ち鳴らした。
●ソリ:赤い髭は、前のめりに腰掛けて、
●ソリ:「さぁ!ゆくぞ!トナカイ!」
●ソリ:とポーズを決めた。
●ソリ:今夜の仕事が、始まる。いや、
●ソリ:始まったのは私だけだ。
●ソリ:浮遊能力は、
●ソリ:この小さな鈴に依存しているし、
●ソリ:配送ルートは、8年前、私に取り付けた、
●ソリ:デリバリールート作成自動AIキットによって、算出される。
●ソリ:今年も過積載な私は、
●ソリ:高度2万5千キロ上空の、
●ソリ:特殊な風に負けないように、
●ソリ:運航する。必死だ。なのに、
●ソリ:赤いヒゲのジジイは居眠りを始め、
●ソリ:シカ科はなんの生産性もない
●ソリ:無駄な足踏みをして
●ソリ:雰囲気を味わっている。
●ソリ:ルートを表示したAIキットが、
●ソリ:不意に再起動を始める。
●ソリ:上空に上がりすぎて高度設定がバグり、
●ソリ:エラーを吐いて再起動する。
●ソリ:技術屋はいつもこうだ、
●ソリ:「地上では再現しませんでしたので、
●ソリ: ちょっと、バグかどうか
●ソリ: なんとも言えませんね」
●ソリ:毎年九月納期でエントリーを終わらせる。
●ソリ:エントリーとはつまり、
●ソリ:配達先の子どもたちのリスト、
●ソリ:その更新データの入力だ。
●ソリ:しかし、決まって更新データ入力後に、
●ソリ:致命的なバグが発見される。
●ソリ:十月末に毎年のように繰り返されるそれを、
●ソリ:私たちは、『ハッピーハロウィン』と呼んだ。
●ソリ:今年も十月三十日まで睡眠をよく取った
●ソリ:専属技術屋が、
●ソリ:「今年のハロウィンは、新しい機能実装しました」
●ソリ:案の定、致命的なバグが発生し、
●ソリ:システムが再起動を始める。
●ソリ:再起動の終了と同時に、
●ソリ:『ハッピーハロウィン!』のイラストが表示される。
●ソリ:チーフディレクターがいう。
●ソリ:「どうせエラー吐くんで、
●ソリ: 三十一日限定の特別背景を表示させました〜」
●ソリ: Jpeg表示させるだけなんで、
●ソリ: あ、PNGの方がよかったっすか?」
●ソリ:……そうじゃないだろう!!!
●ソリ:と思いつつ、
●ソリ:毎年悲観的な空気が流れるガレージに、
●ソリ:小さな笑顔が広がった。
●ソリ:システムの再構築は十二月二十二日深夜にまで及んだ。
●ソリ:本番当日、上空でのシステム再起動。
●ソリ:システムがGPSを予定通り掴んだ。
●ソリ:再起動が終了して、
●ソリ:その画面には、
●ソリ:「メリークリスマス」の文字。
●ソリ:注釈に、画像はPNG形式です。
●ソリ:と小さく表示させている。
●ソリ:ったく、その情熱を、クリエイティブを
●ソリ:もっとマシなほうに傾けたら
●ソリ:どうなんだ!
●ソリ:居眠りひげジジイも見ていない。
●ソリ:足踏みツノヤロウも見ていない。
●ソリ:ただ、ソリの私だけがその画面を見ていた。
●ソリ:正直、少しだけ、
●ソリ:うるっと来てしまった。
●ソリ:少しだけ、心に燃料を補給して、
●ソリ:私は、算出されたルート通りに、
●ソリ:飛行を始めた。
●ソリ:サンタクロース、起きてください。
●ソリ:全て、配り終えましたよ。
●ソリ:私の揺さぶりで、
●ソリ:居眠りジジイが目を覚ます。
●ソリ:背中の後ろの荷物に目をやって
●ソリ:正面から昇る朝日を見つめながら、
●ソリ:サンタクロースは言った。
●ソリ:「朝目を覚ましたら、
●ソリ: 泣いて喜ぶぞ」
●ソリ:達成感からか、
●ソリ:その言葉を聞いた瞬間に、
●ソリ:少しだけ、安心する。
●ソリ:それが、私のサガというものだ。
●ソリ:サンタクロースは言った、
●ソリ:「今年は、新機能があるらしい」
●ソリ:サンタクロースが、スイッチを押した。
●ソリ:成層圏に、映像が映し出される。
●ソリ:「ビッグデータから抽出された、
●ソリ: 今夜配り終えた子どもたちの
●ソリ: 顔写真だよ」
●ソリ:上空に子どもたちの笑顔が敷き詰められる
●ソリ:私たちは、子どもたちの笑顔に包まれながら、
●ソリ:明け方の空を飛行する。
●ソリ:ガレージ上空で、最後の動画が再生された。
●ソリ:全く、なんてものを実装しやがったんだ。
●ソリ:例のチーフディレクターそっくりな子どもが、
●ソリ:笑顔で私たちを呼んだのだ。
●ソリ:ったく、その情熱を、クリエイティブを
●ソリ:もっとマシなほうに傾けたら
●ソリ:どうなんだ!
●ソリ:「サンタクロースさん、
●ソリ: トナカイさん、
●ソリ: ジングルベルさん、
●ソリ: ソリさん、
●ソリ: 今年もありがとう」
●ソリ:クリスマスの空に、
●ソリ:ジングルベルが優しく、鳴った。
***おわり***
※トピアさんアイデアをありがとう。